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2016年02月24日(水)

ノスリ来襲。矮鶏一羽殺される。

今日も箱根のノスリが来襲した。
昨日うちの愛玩矮鶏が一羽捕られたばかりである。
いつも鳥小屋にいるのだが
時々餌やりの時に脱走してしまうのだ。

鎌倉時代には雉にうまれると鷹に食われると

ふと日蓮聖人のご遺文の一節が心に浮かんだ。

 此娑婆世界(しゃばせかい)にして
きじ(雉)となりし時はたか(鷹)につかまれ、
ねずみとなりし時はねこにくらわれき。
或はめ(妻)に、こ(子)に、かたきに身を失し事、大地微塵(だいちみじん)より多し。

法華経の御ためには一度失ことなし。

されば日蓮貧道の身と生て、父母の孝養心にたらず、国の恩を報ずべき力なし。

今度頚(くび)を法華経に奉て其功徳を父母に回向せん。

其あまりは弟子檀那等にはぶく(配当)べしと申せし事これなり、

2016/02/24 17:32 | 未分類 | コメント(0)

2014年09月20日(土)

彼岸の入り

 どういうわけか、彼岸の前にお墓参りをされる方が増えています。
いわゆる陸上でいうフライングですが、親戚の手前、墓参りしたが、墓が荒れていたとか、草が生えているとか苦情を言われるのがいやなのだそうです。
しかし、本来毎月一回くらいは墓掃除をしてもいいのでは?と考えますが、堂守、墓守として寺に暮らしている以上、私がもっと墓掃除に精を出さねばと、反省しきりの昨今です。

さて、今日はお経の解説はお休みです。何しろ朝から大勢お参りにお見えになりました。
じつは、鎌倉では旧暦8月27日の今日、松葉谷法難会をされているお寺さまもあるように聞いております。
私は、明治維新以前の行事は、旧暦に合わせるべきだと思っていますので、鎌倉のお寺様でそういうところがあるというのに、妙に合点がいっています。

鎌倉で布教を始めて、幕府にも色々と意見をもの申す事を始められた日蓮大聖人さま。
750年以上の昔の今夜ご草庵を焼き討ちに合われました。
山王さんの白いお猿さんが手引きして、無事に焼き討ちから逃れることが出来たという、伝説もあります。

写真は名越えのお猿畠の山王様の由緒を伝える地点です。

2014/09/20 23:35 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(6)

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2014年08月25日(月)

手を合わせる。合掌ということ

 祈りをこめてご本尊に合掌すれば信心となる

お互いに合掌しあえば 相互信頼となる

自分(おのれ)に合掌すれば謙虚になれる

科学の進歩に慣れてしまい

便利さだけを追求していると

科学も自然の恩恵を土台としている事を忘れてしまう


太陽の光、空気、水、土など

何一つ科学が生み出したものはない。

すべて自然界から我々が恩恵を受けているものである。

それらのものに感謝を表す姿

それが合掌というかたちであろう。

2014/08/25 17:54 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2014年08月24日(日)

岡田利規氏の「コピー・アンド・ペースト」を読んで

 岡田利規氏は、劇作家であり、演出家だそうだ。当然人を観察する能力に秀でている。
神奈川新聞、本日のゆとり11面、「木もれ日」のコーナーで興味深い、短文を寄せている。
父親の四十九日法要で、法事を勤めたご住職が法話をされたという内容である。
その法話の内容が以下のものだ。

「私たちがこの世に生をうけたのは、この命を授けてくれた
お父さんとお母さんがいたからであるが、
私たちのお父さん、お母さんにもそれぞれ、お父さんとお母さんがいて、
お父さんのお父さんやお母さん、
お母さんのお父さんやお母さんにも、それぞれのお父さんとお母さんがいる。
この系譜はもっともっと遡ることができる。

つまり、私というひとつの命がこの世に存在するためには、
私という存在から遡ることの出来る先祖たちが存在していなければならなかった。

そのうちの誰かたった一人でも欠けていたとしたら、
今、私がこのように存在している事はないのだ。

私たち一人ひとりの命は、数え切れないほどの命のバトンの
受け渡しがあった上でここに存在しているのであり、これは奇跡のような事なのだ。」

同じ年の12月に一周忌の法要があって、
ご住職さんがまったく同一の内容の法話をされたという事で
とても驚くと共に、あきれてしまった。という内容であった。

岡田氏は親の四十九日忌のご住職の話の内容を
きちんと聞いて、記憶されていた。
これは私には驚きである。

どんな深い内容、上手な説法をしても
たいがい、皆内容を忘れてしまうものである。
まして、岡田氏は当事者として、色々な雑事に心を配り
法事の内容などとても記憶に残るものではない。

作家として法話の内容まで吟味しているのだろうか。
何より私が驚いたのは

この法話の内容はいつも私が語っている内容ではないか。



2014/08/24 16:07 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2014年07月07日(月)

いのちに合掌(日蓮宗の宗門運動)

 合掌こそは、お釈迦様の理想の世界
お互いが、お互いを敬いあい
いのちの尊さに気づくこと

お題目のご縁をいただく私たちが、みずから人を敬い
いのちの尊さを人々に示し
社会を明るくすることが
宗門運動の目的です。

「いのちに合掌」
世界を変えていく日蓮宗の合い言葉です


2014/07/07 15:42 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(3)

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