2014年09月18日(木)

法華経と無量義経には同じ教えが?

 無量義経を読みすすむと

何故か法華経の言葉が出てきました。
薬草喩品第五の言葉です。

本来、法華経が説かれる前の段階に
開くお経として説かれたのが無量義経です。

船師章の言葉も、法華経の第五である薬草喩品に
教えが受け継がれているのでしょうか?

私たち僧侶は法要の最後に四誓あるいは四度と呼ばれる
お経を読んで、法要を終了します。
その四度の教えとは

四度の教え
 
(1)未(いま)だ度(わた)らざる者をば、度(わた)らしめ、
 
……生き死の繰り返されるこの世界の中で、
苦しみの流れに(自分の身の境遇や立場に)もがき苦しんでいる者には、
この苦しみの流れから、対岸にある安楽な世界へと渡れるようにしてあげよう。
 
(2)未だ解(さと)らざる者をば、解(さと)らしめ
 
……この世の中のさまざまな束縛から解放されない者には、そこから脱れさせよう。
 
(3)未だ安(やす)んぜざる者をば、安(やす)んぜしめ、
 
……修行に専念できない者には、安心して励むようにさせてあげよう。
 
(4)未だ涅槃(ねはん)せざる者には涅槃(ねはん)を得せしむ。
 
……煩悩の炎が燃えていて静かな境地に至らない者には、
その煩悩を滅して涅槃が成就するように手助けしよう。

さて、上記の(1)
未(いま)だ度(わた)らざる者をば、度(わた)らしめ、

これは通常
未(いま)だ度(ど)せざる者をば、度(ど)せしめ、

そのように読むのが普通ですが、
お経は声に出して読むものです。
発音がどすとかどせざるとかでは
どうにも分かりにくいので、私が勝手に渡すと読み変えております。

(2)も通常は(さとらざる)ではなくて、げせざると
(3)も(やすんぜざる)ではなくて、あんぜざると読むのが通常です。

だからお経は分かりにくいのですよね。

無量義経の

未(いま)だ自(みずか)ら度(ど)すること
能(あた)わざれども、すでに能(よ)く彼(かれ)を度(ど)せん

この一行が実に大切な教えです。

人をのみ
渡し渡して
おのが身は
 
岸に渡らぬ
渡し守かな

このような道歌になって知られている教えなのです。



 
 

 

2014/09/18 16:01 | 仏教全般お経の解説など | コメント(0) | トラックバック(14)

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