2020年05月26日(火)

幕末から明治を生きた先祖をたずねて。

テレビ番組に「ファミリー・ヒストリー」というのがありますが、

私の家は母方の先祖をたどると
自分を含めて五代続いた僧侶の家系です。
幕末は僧侶の結婚は正式には認められていない。
 
明治維新の後に
「太政官令」という法律によって
僧侶の結婚や肉を食べる事、
髪の毛を伸ばす自由などが認められたのです。
 
それまでのお寺にも
当然ながら
女性の働き手がいました。
 
「おだいこくさん」
「おくりさま」
などの隠語で呼ばれていたが
住職と密かに契っている者もありました。
 
当然、内縁関係です。
 
私の生臭さ坊主は五代続いた
先祖から受け継いだものでありましょう。
 
しかし、先祖が破戒僧だったおかげで
 
今現在の私が存在するのも
事実なのです。
 
「事実は小説よりも奇なり」
 
曾祖父の父(高祖)である近藤鳳音(日遊)と
曾祖父の堀田春鏡(日浄)は北海道の小樽の寺に
第二世、第三世として一緒に眠っています。
 
共に北海道開拓の初期に現地に渡り
北海道での布教の基礎を築いた人々です。
 
色々な巡り合わせで
先祖の生まれ故郷が愛知県津島市である事を知り、
平成24年3月27日に初めて訪れ以後数回訪問しました。
 
川や森、神社仏閣など先祖が眺めたであろう景色を見つめ、
その風土を身近に感じてみました。
 
さて、せっかく現地調査をするのだから
手元の資料をよく研究して
事前準備をしておきましょう。
 
「過去帳から読み取れること」
 
曾祖父の父近藤鳳音(日遊)と
曾祖父堀田春鏡(日浄)の事から探ってみます。
 
曾祖父堀田春鏡(日浄)は過去帳によれば、
明治三十五年に三十八歳で亡くなっています。
 
その父である鳳音(日遊)はその五年後
明治四十年に七十九歳で亡くなっています。
 
息子が父より五年ほど早く先立ったという事です。
 
鳳音(日遊)は七十四歳の時に息子を失い、
小樽の大火は明治三十九年ですから、
亡くなる前年に全ての財産を火事で失った事になります。
 
失意の中老いて死んでいったであろう
近藤鳳音(日遊)の生涯を
今ここで子孫につたわる伝承としてわかっている範囲も含め、書き留めてみましょう。
 
次回は「先祖の伝記が出版されていた!」
に続く。
 

2020/05/26 12:14 | 歴史探訪 | コメント(0)

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