2020年05月27日(水)

先祖を訪ねて②

千葉県香取郡多古町 日本寺千葉県香取郡多古町 日本寺

先祖の伝記が出版されていた
「日東宗教家実伝」
 
ー北海道で見つけた書物ー
 
北海道での布教のさきがけであった
近藤鳳音(日遊)について知る事が出来る
唯一の書物があります。
 
これは私の母が五十年ほど前に
北海道の富良野の寺で偶然手にし、
便箋に筆写して手元に保管してきたもので
 
「日東宗教家實傳」(上下)一冊の和綴じの書物です。
 
以下はそれから近藤鳳音(日遊)についての部分を抜粋したもの。
 
『将(まさ)に失墜(しっつい)せんとする 
佛光(ぶっこう)を惹(ひ)き起(お)こして
之(これ)を九天(くてん)の高(たかみ)に
燦然(さんぜん)たらしめたる所(ところ)の
近藤日遊師(こんどうにちゆうし)は
尾州海東郡津島村(びしゅうかいとうぐんつしまむら)の産(さん)なり。
 
八歳(はっさい)の時(とき)剃髪(ていはつ)して
名古屋 法華寺の日経上人に就(つい)て学び、
日夜筆硯に心魂を尽くす。
後ち合掌院日敬上人に従う。 
 
十四歳の時(天保年間) 
遠く故郷を去って下総(しもうさ)に出て
中村檀林(なかむらだんりん)に入って業を修め、
後に(文久の頃)二十二人の中より撰ばれて
之が玄頭となり
法華玄義(ほっけげんぎ)を講するに
音聲爽爽として
条理殊に明晰たれば
四座の群衆驚嘆せざる事無し。
 
二十二歳の時 
加賀 立像寺 十洽園(じゅうごうえん) 
優陀那日輝上人(うだなにちきしょうにん)の鎚下に帰する
茲に年あり 
 
二十六歳の時 
名 津島村妙延寺の住職となり
 
三十三歳 下総 中山 法華経寺に於いて
百二十日の水行を遂げ
開祖以来の祈祷法を悉く伝授せらる。
 
後ち東京に出て
宗務局の会計をつかさどり
整理の功 すくなからず
 
明治十七年 牧口 徳太郎なるもの
北海道より師に請うに
小樽の某寺に住職たらんことを以てす
 
師 その請を空しふするに忍びず
海を渡り往て見れば 
豈図らん 大債千余圓ありて
寺院の廃損言うべからず
 
是において節倹 身を約し
心を布教に尽くし
寝食を忘れて功を積むこと数年 
遂に其 結果に因って
大債悉く返却したるのみか
壮麗たる寺院を修築せり 
けだし 師 
慈心深く言語諄々と
懇篤を極むれは檀徒
日に其の多きを加ふるのみならず 
縷々 区長および開拓使より
貧民救助 道路修繕の賞状を賜りぬ
 
かの村雲殿下の
北海道 御親教の際 
之を祝するに和歌を以てす 
其の和歌にいはく
 
『あなうれし 八千草深き 夷地の 
空にたなびく 紫の雲』
 
(参考資料)
出家得度のお寺 
名古屋市東区東桜2―16―29
法華寺
歴代 
第23世 竜妙院日経 嘉永3年(1850)8月
第24世 合掌院日敬   同年    12月 

2020/05/27 05:59 | 歴史探訪 | コメント(0)

2020年05月26日(火)

幕末から明治を生きた先祖をたずねて。

テレビ番組に「ファミリー・ヒストリー」というのがありますが、

私の家は母方の先祖をたどると
自分を含めて五代続いた僧侶の家系です。
幕末は僧侶の結婚は正式には認められていない。
 
明治維新の後に
「太政官令」という法律によって
僧侶の結婚や肉を食べる事、
髪の毛を伸ばす自由などが認められたのです。
 
それまでのお寺にも
当然ながら
女性の働き手がいました。
 
「おだいこくさん」
「おくりさま」
などの隠語で呼ばれていたが
住職と密かに契っている者もありました。
 
当然、内縁関係です。
 
私の生臭さ坊主は五代続いた
先祖から受け継いだものでありましょう。
 
しかし、先祖が破戒僧だったおかげで
 
今現在の私が存在するのも
事実なのです。
 
「事実は小説よりも奇なり」
 
曾祖父の父(高祖)である近藤鳳音(日遊)と
曾祖父の堀田春鏡(日浄)は北海道の小樽の寺に
第二世、第三世として一緒に眠っています。
 
共に北海道開拓の初期に現地に渡り
北海道での布教の基礎を築いた人々です。
 
色々な巡り合わせで
先祖の生まれ故郷が愛知県津島市である事を知り、
平成24年3月27日に初めて訪れ以後数回訪問しました。
 
川や森、神社仏閣など先祖が眺めたであろう景色を見つめ、
その風土を身近に感じてみました。
 
さて、せっかく現地調査をするのだから
手元の資料をよく研究して
事前準備をしておきましょう。
 
「過去帳から読み取れること」
 
曾祖父の父近藤鳳音(日遊)と
曾祖父堀田春鏡(日浄)の事から探ってみます。
 
曾祖父堀田春鏡(日浄)は過去帳によれば、
明治三十五年に三十八歳で亡くなっています。
 
その父である鳳音(日遊)はその五年後
明治四十年に七十九歳で亡くなっています。
 
息子が父より五年ほど早く先立ったという事です。
 
鳳音(日遊)は七十四歳の時に息子を失い、
小樽の大火は明治三十九年ですから、
亡くなる前年に全ての財産を火事で失った事になります。
 
失意の中老いて死んでいったであろう
近藤鳳音(日遊)の生涯を
今ここで子孫につたわる伝承としてわかっている範囲も含め、書き留めてみましょう。
 
次回は「先祖の伝記が出版されていた!」
に続く。
 

2020/05/26 12:14 | 歴史探訪 | コメント(0)

2020年05月20日(水)

新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は延長されるのでしょうか?

令和元年の暮れ頃から、中国で騒がれていた

新型コロナウイルス感染拡大。

お正月も二月の節分も自粛の話は出ていませんでした。

三月になって深刻なニュースが続いて

4月7日に総理が緊急事態宣言を発表し、

5月6日までのはずでしたが、

東京と神奈川、千葉、埼玉は延長され今に至っています。

再び延長されるのでしょうか。

今日はネットで買ったマスクが届きました。

外出の時に忘れないようにしなければ。

こんな異常事態は初めての経験です。

2020/05/20 21:40 | 未分類 | コメント(0)

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