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2015年05月13日(水)

小田原北条一門 支城めぐりと墓参の旅 寄居町 鉢形城

 蓮船寺にとって主人すじにあたる北条一門
それらの人々の菩提を弔いねんごろに供養することが
これからのお寺の歴史の基本になっていく。
そのように考え、関東にちらばる小田原北条一門の遺跡巡りを発願しました。
今回は激戦の地として知られる埼玉県寄居町にある鉢形城です。
荒川の流れが清く景勝の地ですが、婦女子の悲惨な最期の伝説が伝わっています。

埼玉県寄居町は、秩父の入り口というか、かつては、とてもとても遠くて行かれない所でしたが、最近開通した圏央道のおかげで、2時間ちょっとで行かれるようになりました。

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2015/05/13 12:28 | 歴史探訪 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2015年05月08日(金)

勝五郎の前世 藤蔵の墓まいり


 藤蔵の生まれ変わりとして勝五郎が
色々と話をしたお陰で、前世の藤蔵にも
皆の関心が集まり、お墓も大切に守られました。
医療の進んでいない江戸時代末の頃です。
疱瘡などの病気にかかると、あっという間に子供は死んでしまいます。
親兄弟の悲しみもいかばかりでありましたでしょうか。

写真は日野市高幡不動にある藤蔵のお墓

2015/05/08 11:54 | 歴史探訪 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2015年05月07日(木)

ほどくぼ小僧墓参りその3

八王子市下柚木の永林寺は現在も立派な伽藍を持つ大寺でした。
立派な門が三つも直線に並びお堂も二つ、鐘つき堂や、三重塔がすばらしい景観でした。墓地は広く、現在も子孫の方がお守りしている個人のお墓ですから特に看板などの案内もありません。
驚いたのは、墓地の上に城址公園のようなスペースがあり、昔の戦国武将の館跡をお寺に改装したようです。小田原北条氏とも関係があるようで、不思議な縁を感じました。

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2015/05/07 11:21 | 歴史探訪 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2015年05月07日(木)

ほどくぼ小僧墓参りその2

そもそも、物語のはじまりは、中野村(現在の八王子市東中野)で暮らす八歳の男の子勝五郎が
兄や姉と遊んでいた時に、自分の前世の事を突然話し出したことからなのですが、
村の名前はほどくぼ村、前世の名前も藤蔵と具体的で
親たちの耳にも入り、祖母が毎晩寝かしつける時にも、その村に行きたいとせがまれ、とうとう祖母と一緒に出かけるのですが、
村に入ると、勝五郎はどんどん先に歩いて家を見つけ、話の内容と実際に同じ家族が実在し、近所の様子もよく覚えていて、「向かいのたばこや(屋号)のあの木は以前はなかった」等と話して皆が驚いたというのです。

あまりにも不思議な話なので、池田冠山という殿さまが、同じ年頃の姫君を亡くして、生まれ変わりの話を聞きに訪ねてきたり、話をするため江戸まで出かけたりと、有名人になってしまい、しまいには「ほどくぼ小僧」とあだ名をつけられてしまったほどでした。
お墓は八王子の下柚木の永林寺墓地に現存します。

2015/05/07 10:57 | 歴史探訪 | コメント(0) | トラックバック(0)

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2015年05月06日(水)

まとめてアップロード第一話 ほどくぼ小僧墓参り

 200年ほど昔に江戸で評判になったお話
「勝五郎生まれかわり事件」
今だったら、連日テレビのワイドショーをにぎわせそうなお話です。

岩波文庫で平田篤胤の本を読んで、よく出来たお話だと感心していました。

しかし、実話だった事が最近になってわかり、お墓もちゃんと残っていて、保存会みたいな動きまであると知り、訪ね歩いています。


2015/05/06 16:55 | 歴史探訪 | コメント(0) | トラックバック(0)

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