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2015年02月09日(月)

仏像修理

 幕末に先祖が法華経に改宗し、求めた仏像とお厨子を修理に出しました。


2015/02/09 16:33 | 写真アルバム | コメント(0) | トラックバック(0)

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2015年02月05日(木)

高校生の茶道研修

 まだ寒い日々が続いていますが、1月の最後の土曜日に
高校生たちがお茶の勉強を茶室で行いました。
和敬清寂(わけいせいじゃく)
神妙な面持ちの皆様


2015/02/05 12:49 | 写真アルバム | コメント(1) | トラックバック(0)

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2015年01月15日(木)

小田原七福神めぐり

 地図をアップしました。
画像ファイルです。


2015/01/15 12:00 | 写真アルバム | コメント(0) | トラックバック(1)

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2015年01月10日(土)

十日もすぎてますが、謹賀新年

 元旦の夕方に温暖な小田原には珍しく雪がつもりました。
六日には雨でびしょ濡れに。

昨日九日には、ヨーロッパの中心地パリで機関銃によるテロ事件。
何やら、新年早々きな臭いニュースで不安です。

どうか、今年一年も皆様にとって
穏やかで福徳、健康に恵まれる、一年でありますように!


2015/01/10 11:17 | 写真アルバム | コメント(0) | トラックバック(2)

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2014年10月13日(月)

十月十三日は日蓮さまのご命日。池上ではお会式法要が。

 先(まづ)臨終の事を習(なら)ふて

 
後(のち)に他事(たじ)を習ふべし
 
妙法尼御前御返事(みようほうあまごぜんごへんじ)
 
732年前の今日。
日蓮聖人は弘安五年十月十三日、午前八時頃、
池上宗仲公の館で六十一歳の一生を閉じられました。
 
この時、地震があり、邸内の桜の木が一斉に時ならぬ花を開いたといわれ、
お会式で万灯の供養の時に桜花を飾るのはこのいわれに基づいたものです。
 
日本第一の法華経の行者、み仏の使いとして、
「立正安国論」を建白してこの日本国のあやまちを正し、
いっさいの人々を法華経の道に導き救済するために
身命をささげられた日蓮聖人の広大な徳をほめたたえ、
その教えを受け継いでいく誓いをこめ、報恩感謝の誠をつくす日です。
 
経一麿(きょういちまろ)への遺言
 
死期の近づいた事を悟られた日蓮聖人は、
十月十一日に枕もとに経一麿(日朗聖人の親戚で、当時最年少の弟子)を招いて、
 
「我は関東の教化布教に留まって、京都に教えを広められなかったのは残念である。
汝は早く剃髪し、修行を積み、成長の上は京都に上(のぼ)って、不惜身命、布教に努めよ。」
と都に上って布教する事を委嘱されたのです。
 
後に京都町衆の支持を得て、妙顕寺などを建立した日像聖人となるのが、この経一麿です。
日像聖人のゆかりの寺が京都松ヶ崎に十ヶ寺ほどあり、そこでまつられていた大黒天が
小田原の板橋にあった蓮船寺にどの様な経緯で遷(うつ)されたのかは
残念ながら今では不明です。

松ヶ崎のお寺は織田信長の時代に弾圧を受け、焼き払われたそうですが、
焼かれたお寺の大黒さまがどういう訳があってか
人の手を伝わり、小田原に遷座されたという事なのでしょうか?
 
 

2014/10/13 15:20 | 写真アルバム | コメント(0) | トラックバック(3)

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